子育てしたくない

子供のこと

子育てなんてしたくない。私の思う、子供と一緒に暮らすということ

子供を育てるってなんなのだろう。

「よし、子供を育てるぞ!」

「こんなに立派に育ててやった!ドヤ!」

なんて私は考えたことがない。

子供と生きるということは、

「育ててやっている」

なんて一方的なものでもわざとらしいものでもなくて、私にとってはもっと無意識的なものでした。

じゃあ私にとって、母であるとはどういうことなんだろう。

その疑問は母になってからずっとずっと頭の中をぐるぐる回っています。

私が思う「育てる」とは?

テレビをみる子供

「育てる」というワードについて、子供ができてからずっと考えるようになりました。

私にとって「育てる」という言葉がしっくりくるのはドラクエでした。

コツコツと敵を倒してレベルを上げ、貯めたお金で装備を整える。

やがてHPが桁違いになったり、すごい魔法を使えるようになる。

育てるという単語は私にとって、私が関与しない限りは進むことのないもの、という印象です。

例えばお花に水をあげるのは、本来生えている住みやすい場所から自分の手の届く場所に連れてきた責任を果たすイメージ。

犬を飼うのは、本来野生で生きられる生き物に人間の住む家で共存してもらうための環境作りというイメージ。

育てるという単語は自分の関与だけによって成長するような気がして、自分たちである程度生き抜く力がある生き物に対して使うべきではない、というイメージが私の中にはあるのです。

私が思う「子育て」とは?

ママと赤ちゃん

じゃあ私が出産してから生活の中心になっている物の正体はなんなのだろう。

母になってからずっと自問自答してきました。

結論はまだ定まっていませんが、今のところ

「高くて手が届かないところにある物をとってあげる関係性」

という仮説に落ち着いています。

そのうち背が伸びて私の手の届かない高さのものを取ってくれる日がそのうちくるだろうし、脚立を使ってものを取る方法を覚えるでしょう。

手の届く人が取ってあげるのが「一緒に住む」ということで、単純に今は体の大きい私が手の届く頻度が多いだけ。

お互いのできないことを気軽に、無意識的に、補い合って生活しているだけなのです。

特に頑張っていることも背伸びすることもなく、私にとっては一緒に楽しく暮らしているだけなのです。

私1年間で息子のこと8キロも育てましてん。

って言ってる気がして「育」って漢字が好きじゃないねん。

えみぃ

「子育て」なんて言葉は私自身が使うものではなく、外から客観的に見た人が使うのに、私個人としてはしっくりくる言葉です。

私が子供にしてきたこととは?

指握る赤ちゃん

子供が生まれた時、留学生が我が家にホームステイをしにきたんだと、そんな風に考えました。

勉強するために違う世界に飛び込んだ勇気のあるチャレンジャーで、この世界で生きていくための知恵を与えて環境に適応するお手伝いをしてあげるんだ、と。

お腹のお風呂(羊水)ワールドから下界に留学しに来た人って位置づけやね。
えみぃ

ルールをまだ覚えていないだけだから、私が偉ぶる権利はないし、子供で未熟な状態は一時的なものであって見下すべきことではないと考えました。

ホームステイをしているだけだから、適応能力をつけて自分の思う場所へまた旅立つまでの、期間限定の生活で、それは限りがあるもの。

たまたま一緒に生活できてる今を、最大限楽しむにはどうしたらいいのだろう。

そう考えると脳や体にどんな変化が起きて、どういう話し方で話をすれば仲良くできるのか、少しでも情報が欲しくて育児本ばかり読みました。

子供は自力で育つだけ、という結論

子供たち

息子たちは自分の力で育っていて、その影響を受けて私も精神年齢や心や考え方や、いろんな部分が育っているだけ。

育つという概念はあっても、育てるという概念を私は持ち合わせていません。

泣くことでしかヘルプできなかった人が、やがて自分の足で立ち、自分の言葉で意思を伝えて、少しずつできることが増えるようになるのは、紛れもなく本人の力だと考えます。

これからもいい影響を与えられるように気にするものの、育つのは本人たちの力だという考えは揺るがないでしょう。

子供としてではなく人として見ているせいか、周りのママから見ると、私は子供にあまり興味のないネグレクトのように見えるかもしれません。

私はたまたま周りの環境が助けてくれたおかげで、こうやってつまらないことにこだわる余裕があるのですが、人が子育てという言葉を使うのには違和感を感じません。

実際母なってからは、私自信が母に育ててもらった感謝を忘れたことはありません。

世の中には頑張っている人はたくさんいるし、言葉の捉え方なんて人それぞれですから。

ただ私は子育てしているのではなく、子供と一緒に暮らしている、それだけのことなのです。

まとめ

「子育て」という単語について私の勝手な見解を書いてみました。

言葉の好みの問題なので、子育てという単語を使っている人に嫌悪感を感じているわけではありませんし、私自身は親に「育ててもらった」と感謝しかありません。

細かい言葉の意味を考えすぎるのはいいことなのか悪いことなのか、それは自分では判断できないのですが、私と息子のことについて考えるきっかけになりました。

身近すぎる言葉は暗号化しがちですが、ちゃんと考えてみると違った角度から物を見れるので面白いですね。

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