兄弟平等

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【兄弟平等なんてやってられない】男の子二人を不平等に扱う理由

我が家は息子が2人、ほぼ2歳差の3学年差です。

よく「兄弟は平等に育てよう」なんて聞きますが、そんなことやってられません。

だって長男と次男は違う人間で、私との関係性も母と息子と一言では言い表せるわけなんてなく、全然違うものですから。

服を買ってあげる時は2人分、おやつはぴったりはんぶんこ、なんてことしません。

平等を無視し続けて早8年、兄弟関係や私と息子の関係性がどうなっているかというと…

息子と私との関係性

アヒルの親子

生まれたての顔はそっくりだったのに、同じA型なのに、二人ともポケモンが好きなのに、

共通点はたくさんあっても、性格・好み・考え方、いろんなことが兄弟なのに全然違います。

私が息子たちそれぞれに思うことや接し方も違っていて、平等になんてできるはずがありません。

一般的に第一子は手綱の締め加減に要領を得ず、力いっぱいにしつけをしなければいけない責任感に縛られてついつい叱りすぎてしまうという話を聞きます。

第二子以降は肩の力がいい感じに抜けて不必要な責任感がなくなり、

「かわいいからまあいっか」

と多少の残念なことも許せてしまう余裕ができると聞きます。

こうやって「下の子には甘い」という世の中の説ができていくのです。

もちろん私も例外ではありません。

長男と私の関係性

長男が生まれた時から子供扱いをしませんでした。

言葉を話し始めて、気がつけば小さいおじさんが出来上がっていました。

今の長男と私の関係性は、例えるならば、人当たりはいいけど出世はできないウダツのあがらないおじさんと、そのおじさんを尻に敷く鬼嫁のような関係性です。

息子と母親的な関係性からは、一般的に程遠いかもしれませんね。

次男と私の関係性

次男は長男に比べるといい意味で子どもらしいです。

長男のダメっぷりを見ながら育っているので要領の良さはピカイチ、怒られることは極端に避けて生きています。

リアクションが子供っぽくてかわいいいし、機嫌を取るのがうまいので、ついつい猫っ可愛がりしてしまいます。

叱っている時も、リアクションが可愛すぎて耐えきれずに笑ってしまうこともよくあります。

次男と私の関係性は言うなれば、地下アイドルとその子に翻弄されるプロデューサーのような関係性です。

世の中の「下の子に甘い説」の仕組みについて、身をもって体感しました。

長男と次男は違う人

兄弟

性格も考え方も、私との関係性も全然違うので、当然平等になんてできません。

例えば服を買う時に「2人分買わなきゃ」なんて考えません。

いいものが見つかれば話は別ですが、間に合わせに無理やり選んだものを買ったところで、1人には「いい!」

と思って選んだもの、もう一人には

「何も無いけど選ばなきゃ」

と選んだもの、という時点で平等ではなくなりますから。

長男には長男の喜ぶもの、次男には次男の喜ぶものを真剣に考えて与える方が素敵だと思うし、回数や値段で平等性を重視するなんて、私には平等だと思えないのです。



それぞれに思うこと

アヒルの赤ちゃん

長男は私にとって世界一大切な人であり、唯一遠慮なく甘えられる人です。

次男は私にとって世界一可愛い人で、1時間つついてても多分飽きません。

それは本人たちにも伝えてありますし、納得してもらえてると信じています。

物や時間など無理やり目に見える物で帳尻を合わせて見せかけの平等を与えたとしても、長男と次男の価値観は違うのです。

それぞれが違う価値観で違う人生を歩むのです。

長男は無難な仕事について鬼嫁に尻に敷かれて、そこそこ幸せに暮らす気がします。

次男は特別イケメンじゃないのに、なぜだかそこそこモテる人になると思っています。

というのは私の勝手な予想ですが。

とにかく好みも考えも全然違う人間を、表面上だけの平等で肩を並べようとすることはどうしてもできません。

私と兄と母

私には一つ上の兄がいます。

兄は小さい頃手がかかるタイプだったようで、昔から忖度するタイプの私は、親に構ってもらえなくても気にしない態度をとっていました。

母は平等を気にするタイプで、兄に何か買うなら私にも、という考え方でした。

「小さい頃あんたのこと手がかからんからって、ついほったらかして申し訳なかった」

とよく言われます。

母がそうやって気を使ってくれるのは嫌いではなかったのですが、自分が親になってみると単純に自分のやり方が母とは違っていました。

兄弟平等にしてもしなくても、結局はその人が熟考した上での考え方ならば否定なんて誰にもできません。

私と兄も、長男と次男も、結局のところチューペットを半分に分けるときにどっちを取るかで

「ずるい!」

とつまらないことで喧嘩になるのは同じでした。

そうやって親の関与できない次元で、不平等に対して常に小さい喧嘩をしながら、社会性を少しずつ学んでいくのでは無いでしょうか。

そんな私が死守する「平等」とは

兄弟

次男が生まれてから絶対にしていないことがあります。

それは長男を「お兄ちゃん」と呼ぶこと。

長男にも次男にも、旦那さんが一生懸命考えてくれた名前があるのです。

二人目ができたから長男だけ名前を呼ばなくなることは、最大の不平等だと考えました。

本人が望んでいるかはどうでもよくて、これは私の勝手なこだわりなのですが。

そのせいもあり、次男は5歳くらいまで「兄・姉・弟・妹」の概念がなく、

「お兄ちゃん?何それ美味しいやつ?」

なノリだったというデメリットもありました。

まとめ

兄弟で平等に扱うなんて、100%は無理でしょう。

親が良かれと思ったことが、本人たちにとっては不平等になることもあり得るからです。

見方によっては長男に手をかけすぎている気もするし、別の見方をすれば次男を可愛がりすぎている気もするし、私が細かい部分で悩んでも無駄なのです。

えこひいきや不平等なんて、よっぽどじゃなければ私は気にしないことにしました。

心の中で両方ともかけがえのない存在であればそれでじゅうぶんなのでは無いでしょうか。



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